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​お知らせ:カトリック瀬田教会から

ルカ神父(タルシチシオ・ボカヴィコさん)
​9月1日、89歳お誕生日おめでとうございます。
神学校に進んで77年間。叙階より62年間。
来日してから61年間。

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ルカ神父は、1937年9月1日にイタリア北部ののどかな町、グアルダ・ヴェーネタに生まれました。どこまでも続く平野に深い霧がかかる、人口2,000人ほどの小さな町です。すぐ傍らには、フェデリコ・フェリーニも脚本に携わり、アルベルト・ラットゥアーダ監督が映画化した『ポー河の水車小屋』の背景となったポー川が、今も変わらずゆったりと流れています。生家は、パスクアお祖母さん、父母と9人兄妹で農業を営んでいました。一日の終わりには毎日、家族揃って神様にお祈りを捧げ、寒い冬には牛舎を綺麗に掃除して、蝋燭の灯りでお祈りをしていたそうです。ルカ神父は、12歳で神学校へ進むことを決めた時も自然の流れであったと仰います。その後の5年間の厳しい学習期間には、一度も家に帰らなかったそうです。ルカ神父が叙階したのは27歳(1964年)の時、生家に近いサン・ドメニコ教会(Chiesa di San Domenica)でした。神と家族の祝福を受けてとても幸せでしたが、彼が一つだけ残念だったのは敬愛するパスクアお祖母さんが2年前に他界してしまった為に、司祭となった自分の姿を見せられなかったことでした。イタリア語でパスクアは“復活”を意味します。パスクアお祖母さんはきっとどこかで、ルカ神父となった姿を見守っていてくれたのではないかと思います。実際、彼は祖母が亡くなった時に、正夢をみたそうです。彼女が他界した時に彼は神学校にいたのですが「彼女が棺に入れられて、実家に続く道を皆が担がれていく夢」を見たそうです。彼女の死後、実家から神学校に電話がかかって来て、ルカ神父はそれが正夢であったことを知ることになります。
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叙階の翌年の1965年28歳の時に、ルカ神父はベネチア管区長から日本へ行って奉仕活動をするように命じられます。来日後2年間は、東京・六本木のフランシスコ会聖ヨゼフ修道院で日本語の学習などをしましたが、日本の人々は皆優しく、生活に不自由することもなかったそうです。その後58年間ルカ神父は、北海道の地で日本人信徒と共に神への奉仕活動に勤しむことになります。最初は十勝地方の池田町から本別町、足寄町で、その後は道東の釧路、別海町、中標津町で奉仕活動をしました。1999年からと2011年には、札幌の北十一条教会にも勤めました。北海道の教会は祖国イタリアと比べると施設として不完全な部分もありましたが、北海道の山や自然、そしてその地に暮らす素朴な人々の温かさは彼の故郷に通じるものがあり、ルカ神父はとても充実した日々を過ごされたとお聞きしました。ルカ神父が、人生の過半を北海道の地での奉仕活動に費やすことになったのは偶然ではなく、神の計画の一部だったのでしょう。

インタビューの最後に私は、ルカ神父に質問をしました。「イタリアと日本。神への奉仕活動で何か違いはありましたか?日本で驚いたことはありましたか?」「たった12歳で進んだ神への奉仕活動の道。ご自身で振り返って、どの様に思われますか?」

ルカ神父は、以下のように教えてくれました。「振り返ってみると私の人生は常に神の導きによるものでした。12歳で神学校への入学。28歳での来日。北海道への58年間の奉仕活動は、いずれも自分自身の選択ではありませんでしたが、私が神への奉仕活動をする上で、最善の道へと導いてくれました。私の使命は神に命じられたものです。神への奉仕活動には終わりがありません。私は89歳になりますが、まだまだやるべき事、やれる事があると思っています。」続いて「日本の信徒の名前を覚えるのに苦労することがあるので、まず最初に読み仮名を聞く事にしている。タルチシチシオという名前は日本人には覚え辛いようです。信徒から“ルカ神父はどちらのお生まれですか?”と聞かれと時には、“私はイタリア人に生まれたんだけど、今は二本人だよ“と答える事にしているよ!ハッハッハ(笑)」と得意のダジャレで締めくくってくださいました。ルカ神父の神への奉仕活動には、終わりがないのだと感じました。益々お元気で!(取材:リタサウロ 永井)

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​ホームページ管理者(リタサウロ 永井)
2026/5/10 ヨゼフ・ピタウさんは、ヨハネ・パウロ二世に仕えたカトリック大司教です。サルディーニャ島に生まれ、16歳で受洗。1951年に来日し、横須賀の栄光学園で奉仕され、1975年から81年まで上智大学学長を務められました。実父が協働者であった為に学生時代にお会いしましたが、温厚で光に満ちた方でした。退職後は自ら望んで日本へ戻り、大船教会で司祭として奉仕。ピタウさんはイエズス会ですが、宗派を超えて聖職者の自己犠牲に支えられた人生に、改めて感謝したいと思います。

2026/5/3 カトリック瀬田教会に関わり約3年、ホームページ制作をお手伝いしています。インターネットは新しい媒体であり、教会に馴染まないと感じる方もいる中、信徒の皆さんに適した形を模索しています。先週の説教「ヨハネによる福音書」の「見ないのに信じる人は幸いである」という言葉に励まされ、直接会えない方々や未来の信徒を思い描きながら、祈りと交流につながる場となることを願い制作に取り組んでいます。
​皆様からのご意見が励みになります。お気軽にお声掛けください。

4-16-1 Seta, Setagaya-ku, Tóquio

TEL: 03-3708-0222

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